勝手がお好き!!~徒然満載

ゲーム依存症の創作好き

利用と共存■

眠ることと仕事に行くこと
この二つを覗けば生活の7割をおそらくMMOの世界で過ごしてる事実を考えれば
私にとってMMOはただのゲームではなく人との心を交わす場所であったと思う
最初のMMOで失敗し、次のMMOはゲームと割り切ろうと思っていたが
結局、同じ失敗を繰り返すことになったのはやはりゲームと割り切れなかったからだろう
もともと2つ目のMMOに来た時にはゲームとしてだけではない恋人の存在も居たしね


ゲームの特質をそのままコミニケーションにする体質のMMOにとって
どうしても能力を補う。レベル、物資、資金の援助をする。同じ目的を遂行する。そんな形になってしまう。
それはわかる。だがそれだけでは利用になってしまうと私の中にこびりつく
実際、私は疎遠になってる人にはあまり物事は頼まないし期待もしない
例え頼んでもつい口から「こんな時ばかりごめんね」みたいな台詞が飛び出す
頼んで悪い顔をする知り合いなんてのはまずいないし、自分自身も嬉しいことはあっても、優先やしがらみの関係から都合がつかなくて困ることはあっても、それで嫌な思いをしたことはない。頼られて応えられなければ申し訳ない気持ちの方が大きいだろう
にも関わらず、そんな心が支配する


だが、縁とは本来そんなものではないだろうか?
節目が分かれ目と思えるように
同じ学校や職場に通っている時。同じ習い事やサークルに入ってる時。同じ趣味を持ちイベントやなんかで知り合い連絡を取り合っている間。同じMMOを勤しみ、同じギルドに入って活動している間。
縁はもっとも深まっていき
卒業、転校、退職、人事移動、期間の終了、趣味に対する興味の減退、ギルドの移動、時間帯のズレ、引退
そんなことで縁が薄くなり
話をするタイミングを逃し、物事を頼むタイミングを逃し、共通の話題を探す努力を怠るようになる
その間なにも他の縁がないわけではない。人は常に縁を求め動いてる
薄くなっていく縁の中、濃くなっていく縁があり、そちらへ意識は引き寄せられ、薄くなった方は忘れないようにするという思いから、思いだすことがたまにあるという形に変わっていく
リアルの私は人付き合いが上手でなく。いつもタイミングを逃し、いつも縁を結ぶ努力を怠ってきた
だからこそ身に染みて縁というものがただ時間の流れだけで深まるものでも無くなっていくものでもないと感じている
やはり、それは相思相愛の度合いであろう
どちらかがズレ始めた地点で縁は深まりを止め薄れてく
努力を怠ればその時期はあっと言う間にやってくる
縁とはそういうものではないだろうか?


私の出合ったMMOという世界は喋る、動く、考えるが全てが手を動かす作業の世界だ
それゆえに視界(ディスプレイ)に入らない領域での他人の行動で縁を相手を結びつけることはさらに難しくなる
しかし座って手の作業だけで縁を繋ぐことのできる世界でもあったと言える
それはリアルで思うように口でも行動でも縁を繋いでこれなかった私にとってはありがたい世界でもあった。だから夢中になった


そして相手を想うほどに一緒にいることを望んだ
リアルで過ごしてる私の人間関係をほとんどの人が知らないように
(いやゲームの中の誰も知らないだろう
ゲームの中に生きることに慣れていた私の恋人は私のリアルのことにほとんど関心を示さなかったし。私を想うことは私のキャラを想うことひとつに絞られてた気がする)
視界にうつらない時間は、またその人が別の縁を深め、自分の縁を薄めている時間だとずっと一種の強迫観念みたいなものがあった。それは今も変わらないし、全くの間違いとも思えない。
MMOの世界は縁が深まる前に薄れていく。その人の流れの早さに焦ってもいたと思う
恋人に対してはリアルで繋がったにも関わらずゲーム以外の縁が深まらないことにジレンマもあったと思う
私は常に誰かを意識し、いつも自分は嫌われ捨てられたのではという不安に襲われていた、それは相手を信じていないことだったかもしれないが同時にMMOの世界ではその不安をとり除くという行為はまるでありえないと拒否されていたとも思う。そこにMMOに求めた私の人との繋がりとMMOに生きる多くの人との隔たりがあった

何にしろ私はこの世界で失敗をくりかえした
その事実だけが変わらない


なのに私ここまで来てまだ思う
ここまで来たからこそ余計に思うのかもしれない


心の交流、縁を繋ぐ努力なくしての交わりは
やはり利用以外のなにものでもないと


私は恋人と別れてから私だけが間違ってる、私だけが異質で私だけが孤立していると悩んできた。困ったことに親切なアドバイスはそれに拍車をかけた。
その上でなお、恋人とも過去に関わりあってきた人とも元の位置に戻りたいと必死で考え続けていた
この考え続けてる間に薄まってく縁はどれほど多かっただろう
そんな恐怖もつきまとい焦りを呼ぶ
薄まった縁をとり戻すのは並大抵ではないだろう
見えない間に深まった縁には絶対勝てないだろう
見えないということはタイミングを逃すことが多くなるということであり
一緒に居るってことはそれだけ共通の時間を持ち、共通の話題を持ち、同じ目的を持って縁を深めていくのに一番に楽な方法だったのだろうと今でも思う
リアルで繋がっていれば他にもいっぱい方法はあったはずだ。好きな本やアルバムを同じように買って意見を交換しあうとか。同じ映画を見たり同じゲームをしてみたりチャットサイトや電話で今日の会社の愚痴や友達の話なんかでもアバターでこの服が好きとか嫌いとかそんなんでも良かったろう。
でも私たち二人にはなかった。それがそもそも私の不安のもとなんだろうけども


今でも変わらない
一緒にいる時間は確実に相手との摩擦も生むだろうが
無言のやりすごしや別行動での見えない時間よりは
はるかに縁を繋いでくに容易な行為だと
それだけに頼らず会話や行動で補ってくこともまた必要なのだろうけども


例えば再友録になんで消しちゃうのと言ってしてきてくれた
ダメ!と言ってしてきてくれた
そゆのってやっぱり心に響く
遊びに行くのに暇だから迎えに行こうかとか言ってくれる行為嬉しかった
キャラ変えても絶対見つけるからって言葉には涙した


そっとしとくしかない
今はほっとくしかない
あれは何を言っても無駄だ
私を思っていてくれてもそんな人もいるだろう
でも手作業が全ての世界ではそれはただの闇に変わるね
思ってくれてるのか嫌われてるのかがわからない
私の恋人は後者だった


離れるとわかる
少なからず想っていてくれたことは
別れると決めてからのメールに返事返してくれたり
馬鹿みたいに放置の時間が長くなったり
課金切れてもう辞めるとか言ってたのを再課金したり
そんなこと何も想わないのにしないだろう


他の人も心がないなんて思わない
ずっと恋人優先でほとんど関わりを最低限に抑えてきた私にとって
周りの人間からは○○の恋人役くらいにしか存在しなかったはずである
何も心がなければ


それでも再度の友録返しして来てくれた人はいるし
声をかけてくれた人もいる
形だけならすでに無視してあまる行為をしてきたにも関わらずに
それは想いなしにはできないことだろう


人が心を求めてないとも思えない
能力だけならは人は廃人と呼ぶにふさわしい人達を中心に集まるだろうし
(それに関わる時間はキャラが育つ以外にもプレイヤーが作業の効率や上手な動きを身につけるのにも必要だと思う。ただ生活との兼ね合いで割ける時間が人それぞれなのだと。だから好きなことならそれに割ける時間がある人が素直に羨ましい。ただ時間もて余してるだけなら、頑張れというしかないが)
基本、相手にその能力を上げろとかその能力を取れなんて言わないだろう
それは気安さであり甘えなのだし。一緒にいる時間を増やす期待なのだから


オフ会とかでわざわざ遠路はるばるやってくるのも
ただキャラでなくその人に興味あるからだろうし
心のつながりを求めずにして
ただ今のお祭り騒ぎの為だけなら
次のゲームの行き先を告げたり
一つの国や一つの商会や一つの鯖に拘ったりはしないだろう


それでも何故か人は私を依存しすぎという
人は事実私ほど人に執着してる人は少ない
特に大航海時代はどう見てもソロ主体で
とうてい常に相手を意識してるとは思えない
知り合ったばかりならともかく
特別と感じたら相手の行動気にならないのだろうか?
束縛になっても相手の行動や能力に講釈つけたくならないのだろうか?


私にはわからない。他人ではないし、しかも変わり者の部類なのは決定事項なので
MMOとはいえゲームなので人には甘えたいけど人のわずらわしさは遠慮したいのか
ゲームなのでゲームとしてを優先して関わりは2次的なものなのか
それとも失うのが怖いので無意識にセーブしてるのか
自分の想いは無視して他人のトラブルには敏感なのか
それとも遙かに上手に心の繋がる方法を確立してるのか
大抵の人はもともと縁と言うものは消えるものとして割り切っていられるのか
ありったけのどうしてだろうを並べても
きっと答は複数あるし理解することは難しいだろう


昔私は受け入れれるかは別として理解していくことは大事だと思っていた
今でもそれは感じている
でも直面して受け入れていない自分がいる
困ったものだとは思う


ただ、他の人がただ利用で動いてるとも思えないし
思ってもこなかった


私も人に頼まれるということはひとつの指針になり、目的に繋がってたし
好きな人たちと一緒に居る為に折れた内容もあれば
頑張ってきた内容もある
どうにもならない内容もあるのだけども
萎縮して身動きとれない内容もあるのだけども
それは間違いないことだと思う


私を想ってくれてる人はいる
だけど私を常に必要としてくれてる人はいない
私の常に必要な存在となろうとしてくれてる人はいない


そんなところだろう


私は人の付き合いが少なかったばかりに
理想を抱きすぎてるのかもしれない


そして絶望もしているのだろう


それでも私の思いは変わらない
私は依存すぎるところはそのままだし
相手に何かを求めすぎるところもそのままだし
我が強く、ドジで考えなしで、感情的になりやすいのも、講釈や理屈が多いのもそのままで
だからきっと同じ失敗を繰り返す可能性は大きい
また失敗して泣く日々繰り返すこともあるかもしれない
もっとも、そこまで受け入れれるほど相手を恐怖せずに警戒せずに居られる日がくるのかもわからない


だからこそ私は取り返しのつかない行動と現実を受け止めるしかないし
やり直すにも彼らには私の出した結論はお粗末なものだろう


だけどこのままでもそれなりに交流が続く人がいるなら
まだ続けようと思うし
失ったとしても、すでに失って当たり前の領域まで踏み込んできてる


ここまで来てもそれで憎むものはない。躊躇するものは増えてはいるだろうが
MMOで夢中になっていた頃、皆大好きと迷わず平気な顔で打ってた


やっぱり大好き
そんなこと言えてた自分の方が好きだ


だったら今の私には間違いないのだろうと思う


例え、どれほど、すれ違っても


人は心と心を交わしてMMOをしてる


そう信じることは今の私はできないけども
そう信じる努力をしないとと私は思う